「第4回講座、日々の生活作業と健康・作業科学の視点」

講師 杏林大学教授 近藤知子

8月24日、お茶の水女子大学 国際交流留学生プラザにて、第4回講座「実践研究 日々の生活作業と健康・作業科学の視点」杏林大学教授近藤知子先生による授業は以下の内容で進められました。

・作業科学とは何か(作業療法に関連してその歴史)
・作業と作業的存在(日常作業、そして作業という視点で観たときに、人の生活や人生がどのように見えるか)
・作業的存在の理解(日々の生活作業、そして、意味のある作業について自分の生活をふりかえってみる+グループディスカッション)

     

「作業科学」は、誕生してまだ30年足らずの新しい学問。

医療専門職である作業療法の100年以上の歴史に支えられている。
当日の授業の冒頭でお茶の水大学教授半田智久先生から発せられた作業療法を英語では?また作業療法士と理学療法士との違いは?というご質問も、まだまだこれからの学問であるところの作業科学について考える良いきっかけとなりました。

そして駒込学園校長河合孝先生から
「日常を構成する作業の振り返りは日常生活の意識化であり生活の中に潜む問題の気づきやより良い方法の模索に役に立ちます。一人一人の個性、バックグラウンドが違うようにひとつひとつの作業でその人がわかる。日々の作業を丁寧に見つめることが自身や他者を理解する手掛かりになる作業療法士の重要な役割がまだまだ社会的認知のされていないことが残念」と教育の現場の現実を踏まえてのご発言。

かつて近藤先生と交わしたメールのやりとりで
辰巳さん亡き後、先生から頂戴したエールがあります。
「作業療法は、障害からの回復だけでなく、疾患や障害、生活における困難の中で、その人がどのように自分らしく日々の日常生活を送れるかを考え、発展してきた。
対象者は、赤ちゃん、子供、青少年、大人、高齢者などあらゆる層におよぶ。
歴史を紐解くと、この専門職は、女性が中心となり、女性が動かしてきた領域であるともいえる。科学的な視点とともに、日常ありきたりな作業の大事さ、その中から自分らしさを育むという点といい女性ならではの視点が重要視されてきた。
このような考え方が生活の学校 家事塾のコンセプトに重なると信じます。

競争ではなく協働、便利さではなく満足や充実、個の自立だけでなく他者との共存が一層求められる中、そのコンセプトは益々意味を持つと思います」

活発な意見が飛び交った授業を振り返り
「家事塾」や「生活哲学」が日常の生活から提起する問題や課題、生活を基軸にするからこそ見えてくる新しい価値の創出。
未だ学問としては歴史の浅い作業科学の分野が必死にその学問としての確立と言語化を獲得しようとする道筋に、「くらすことは生きること」を理念とする私たちが目指すものと大いに重なることを認識した貴重な一日となりました。

当初、近藤先生へのご依頼はかねてより私の関心事でもある身体感覚、身体技法、或いは“身体で考える“というようなテーマで、異ジャンルの‟達人“との対談を企てていた。

その折先生からご参考にと
「生活の達人」と題する明晰で感性溢れる一編の文章をお送りいただいた。

著作権の問題もあり全文を載せられないのが残念ですがお許しを得てご紹介させていただきます。

生活の達人
近藤知子

時より立ち寄るブログに、思想家であり武道家である内田樹氏のものがある。その内田氏が、だいぶ前に、次の内容のようなことを書いていた。「太刀の達人は,素人ならば一直線で下ろしてしまう一振りを、複数の分節に分けて振ることができる。分節化されているが故に、その分節のひとつひとつで、最適な方向性を探りながら、太刀を振り下ろすことができる。」子供の頃通っていた習字教室で、一、川、大などという簡単な文字を何度も繰返し書いた。そこで行なっていた練習は、一見、一本の線に見える一筆が、複数の分節に分けられることを知り、それを意識化し、体得して行く事だったように思う。書道家は、1つの文字を美しく書くため、筆のスピード、力、リズムを微妙に変えて描き出す。画家は海の「青」に,様々な「青」を見いだし、異なる絵の具をキャンバスにのせる。ピアニストは、鍵盤をたたく音がタッチにより微妙に変わることを知り、1つの音に丸みや激しさを込める。達人と呼ばれる人は、一見単純に見えるものを分節化して捉え、それぞれの分節をその場にあわせて微妙に調整し、最終的にはそれを1つのものとして収めることができる人なのかもしれない。

日々の生活は,切れ目なく流れるように進んで行く。そして私たちは通常、そこで行なう「食事」「仕事」「風呂」などの作業を意識して取り上げ、念入りにみつめることはほとんどない。その流れが滞ったとき、私たちはそこにある作業を振り返り、そこで生じた問題を解決するために工夫を凝らすかもしれない。 しかし、自分の知恵と経験では解決できない問題に出会ったとき、人は生活そのものである生活作業が成り立たなくなってしまったと、立ち往生する。

作業療法は、切れ目なく流れる日々の生活、何気なく行なう生活作業を分節化し、洗練することで発展してきた治療法であるといえるかもれしれない。

中略

作業科学は、「作業が健康に影響を与える」という作業療法の信念と、「科学的であること」への希求の中から生まれた学問である。そこでは、作業は社会学、人類学、生態学などといった視点から取り上げられ掘り下げられて行く。作業の志向や、作業に伴う感情を脳科学的に解明しようと試みる研究もある。作業科学で生まれた知識は、一見、ひとつの流れにみえる生活が、実は、作業により立体的な層を成す複雑な構成物であることを知らせてくれる。作業科学の知識を持ったとき、人は、生活をより深く、より細かく分節化する方法を知るであろう。

この意味で、作業科学は、人が「自分自身の生活の達人であること」を可能にし、そして、作業療法士が「他者の生活を健康なものにする達人となること」を可能にする学問であるといえるかもしれない。

(作業科学研究 第6 巻 第1 号 2012年12月 巻頭言より 引用)

近藤先生にとりましてこの日の試み、出会いは(分野の異なる先生方との交流など)大変新鮮で貴重であり感謝いたします。と勿体ないお言葉を頂きました。是非次回に繋げたいと思っています。

休憩を挟んでの午後の部の第2講は、参加者全員によるワークショップを行いました。

次回は、9月14日お茶の水女子大学 国際交流留学生プラザにて「第4回講座 実践研究『文章作法Ⅰ 地域と共に生きる 小布施文屋 木下豊の活動をめぐって』」につづき、9月28日ギャラリー冊「第5回講座 実践研究『文章作法Ⅱ 自身で本を作ってみる テーマ設定から出版社交渉まで』」
(講座+ワークショップ) ノンフィクション作家 神山典士
(対談)神山典士×光文社 出版局 新書編集部 副編集長 樋口健

※単発講座の受講を承っています。詳細はこちらをご覧ください。

文責 生活哲学学会代表理事 野上秀子